心霊体験コラム

心霊体験談【心】 F県 Nさん

私は数年前まで、中学校の教員をやっていたものです。
これはまだ私が現役で中学校の教師をしていた頃の話で、これ自体が私が教員人生を終える原因になったとか、そういった話しでは無いのですが、後に私が中学校の教師を辞めるまで、ずっと心の中に引っ掛かっており、今でも時折フッとした瞬間に思い出しては、背筋がゾクッとする様な経験のお話です。

先ほどもお話したように、私は数年前まで中学校の教師をしていたのですが、学校というところは常に大勢の人間が行き来をするだけに、様々な気が淀み留まってしまう場所のようです。
良い意味で清々しい気もあれば、悪意に満ちた気もある、学校と言う所はそんなことではないかな?と言う私が考える様になった体験が今回のお話です。

今回のお話しは、私が教員になったばかりの頃のお話ですから、今から15年以上前のお話になります。
当時、私が受け持っているクラスの中に一人の病弱な男子生徒がいました。
その生徒は、先天的に腎臓に障害があり、小学校時代から定期的に人工透析(人工的に肝臓の機能を執り行う医療行為で、肝機能不全などの患者に対して尿毒症など疾患を回避するため、主に「老廃物除去」「電解質維持」「水分量維持」等を行う治療)を受ける様な生活を続けていました。

彼は先天的な肝機能障害と言う不遇の立場にありながらも、その立場を恨み人を妬むのではなく、自分の病を正面から受け止めて精一杯生きようと、毎日を一生懸命1日1日を全力で生きている少年でした。
これは当時の彼を知る周囲の一致した評価で、「自分が悪い訳では無いのに、なんで自分だけ...」と、大人でも自分の置かれた境遇を呪い、他人をの事を恨み妬んでしまいそうな状況でも、他人にを恨む様な事は無く常に明るい彼の頑張りや立ち振る舞いと言うのは、誰もが口を揃えて同じ様に話すでしょう。

教室ではクラスメイトの誰もが自然に彼に一目置いていました。
体調が悪く、体がきつい時であっても常に笑顔を絶やさず、決して人の悪口を言わない、弱音を吐く事も無く、明るく話も面白いし、自分が辛いはずなのに、自分の事よりも友人の悩み事の相談にも乗ってあげる様な子でした。

学校を休みがちで授業を受ける事が出来ない事も多かったにも関わらず、勉強でも常に上位の成績を維持していました。
しかし、だからと言ってそれを鼻にかけることもなく、誰もが嫌がる秋の恒例行事「駒ケ岳縦走」も、病を押して3年間とも参加するなど、先天的な疾患を持っているとは思えないほどで、むしろ特に疾患なども無く五体満足であるほかの生徒たちよりも、様々な事を率先して行うような子だったので、大人の我々から見ても彼の頑張りは尊敬に値するものでした。

大人からも、子供たちからもそれほどの評価を受ける、人気者で達観した子でしたが、そんな彼からは想像も出来ない様なあんな出来事が起こるとは、この時の私はまだ知る由もなかったのです...

それは学園祭も駒ケ岳縦走も終わった晩秋の出来事でした。
ある日の放課後のことです。
部活動も終わり生徒たちも完全に下校した後で、時刻としては確か6時過ぎだったと思います。

晩秋だったこともあって、かなり日が短くなっていたので6時過ぎではありましたが、すでに日は落ちており校舎の中はもちろん、外も既に真っ暗になっている時間帯でした。
この頃はまだ新米教師だったこともあって、下っ端であった私が下校後の校内見回りを押し付けられていました。
校内の見回りを押し付けられた私は、この日も生徒が下校した校舎内を一人で見回っていました。
さっさと終わらせてしまいたかったこともあり、面倒なので懐中電灯などは持っていませんでした。
築20年を経た古びた鉄筋校舎の明かりは、廊下のチカチカと薄暗い蛍光灯だけです。
当然教室の中は真っ暗でした。

私の担任していたクラス3年2組の教室の前まで来た時、校庭の常夜灯に照らされて窓際の机に人影が見えました。
正直「ギョッと」しましたが、「まだ残っている生徒が居たのか...早く帰らさないと...」と思い、正直なところ少し「めんどくさいな...」と思っていました。
しかし、次の瞬間それが「彼」であると気付いて、私は躊躇なく教室に入って行きました。
「なんだ○○?脅かすなよ~。なんでまだ校舎内にいるんだ?忘れ物か?」と、確かそんな風に声をかけたと思います。
ですが彼からの返事はありませんでした...
何か変な感じがした様な気もしましたが、暗くてよく見えなかったので「いるなら電気くらいつけろよ、ビックリするじゃないか...」と言いながら、私は教室の電気をつけに向かいました。

スイッチを入れると古い照明器具特有の「ブゥン...」と言う鈍い音を出しながら、教室内の電気が点灯しようとしました。
しかし、古ぼけた蛍光灯は明かりが点くまでに「チカッチカッ」っと点滅し、教室に明かりが灯るまでには一瞬の魔がありました。
そんな、教室が明るくなるかどうかと言う刹那の間の事でしたが、私が彼の方を見ると彼は微動だにせず自分の机に座ったまま黙ってこちらを見ていました。
何か落ち着かなくて、嫌な感じが自分に纏わりついている感じがしていた私は、必要以上に声が大きくなっているのはわかっていましたが、この原因のわからない不安感に耐える事が出来ず、黙っている事が出来ず沈黙が怖かったので、彼に向かって話しかけずにはいられないような気分で続けて彼に向かって話しかけていました。

今思えば、既にこの時この不安感の正体に気付いていたのかもしれません...
だからこそ彼に話し掛けていたのかもしれませんが「ほら、もう真っ暗じゃないか...それで何を忘れたんだ?」と話しかけます。
しかし、彼はまだ黙っています...
ただ黙っているだけでは無く、動く事も無くずっと座ったままです。
でも、こちらをジッと見ている事だけは私にもわかりました...

「どうしたものか?」とも思いましたが、彼の境遇などもあり「普段は明るく振舞っているけれども、中学3年生の子供である事には変わりないんだよな...周りに心配をかけまいと気丈に立ち振る舞ってはいるけど、私たちの気付けていない部分では不安を感じたり、恐怖を感じて辛い思いをしていたのかもしれない...」と思い「話しを聞いてあげた方が良いのだろうか?」などとも思いましたが、結局のところ一教師である私に出来ることなど無く、そんな事よりも体の事もあるので、帰宅時間が遅い事に「途中で何かあったのではないか...」と、親御さんが心配してはいけないと思い「もう遅いから早く帰りなさい。あったのか忘れ物?帰りが遅くなるとご両親も心配されるから、忘れ物は明日にして今日は帰りなさい...」私はそう言いながら彼の方へと近づいて行きました。

その瞬間「フッ」と彼の表情が変わったように思いました...
「一体なにを忘れたんだ?」と再度彼に問いかけましたが、言い表しようのない不安感と恐怖に、自分の声が無残にも尻すぼみになっているのが分かりました...
しかしその不安感と恐怖の原因は直ぐにわかりました...

私の不安感と恐怖の原因は、目の前のそこにいる少年が「いつもの柔和な表情をしていない」からだと言う事に、私は気づいてしまいました。
それは非常に厳しい表情...いや厳しいというよりは何か「邪悪な」といった表現がしっくりくる表情でした。
彼の目が「スーッ」と細くなり薄い唇の端が引きつって震えている...
顔には固い頬に歯を食いしばったような筋肉の筋が浮き上がっていて、色白の肌には額の血管までもがはっきりと吹き出して見えていました。
よく見ると、机の上に置いた白い指が神経質に震えているのも分かりました。

やがて、彼は口を開きました...
「はい...もう帰ります...」と今にも消えてしまいそうな声で彼が言いました。
私は「気をつけてね...」と彼に言い私が先に教室を出ました。

彼が口を開いたことで、先ほどまでの不安感は落ち着き「ホッ」と安堵の思いが湧き上がり、私は肩越しに振り返りつつ彼に話しかけました「で?結局なにを取りに来たんだ?」そう言いながら振り返りましたが、そこには誰もいませんでした...
ガランとした無人の教室...今つい先ほどまでそこに、目の前にいたはずの彼の姿はそこには無く、私は何が起きているのか全く理解できませんでした...

しかし、そこで私は思い出したのです。
彼は先週から肝臓の具合が悪くなり県外の大きな病院に入院していたことを...
翌日、彼が亡くなったという知らせが私のもとにも届きました...

それから、級友たちに見送られて彼が旅立った葬儀の翌日「先生、これ見てください」と、一枚の写真を持って女子生徒達が憤慨しながら私の所に持ってきました。
彼女たちが持ってきた写真は、今年の駒ヶ岳縦走の時に山頂で撮ったクラスの集合写真でした。
先日から購入希望を募るため教室の掲示板に張り出してあったのですが、そこに掲示されていた時の集合写真は、青空の下で連なる山々を背景に、それぞれ思い思いの格好でポーズをするクラスメイトたちを写した写真でした。

しかし、彼女たちが私のもとに持ってきたその写真の顔には、画鋲か何かの針の様な物を無数に突き刺した跡がありました。
全員の顔に「ブツブツ」と乱暴に刺された「傷跡」は...いや正確には「ある一人を除いて」ボロボロになった写真の中には、彼の笑顔だけがあったのです。
これは、私の単なる「錯覚に違いない...」と思いたいのですが、あの日あの教室での彼の表情を思い出す度に「ひやり」とするものが、私の心の中に蘇るのも事実なのです。
あの温厚で優しく、いつも柔和な表情をしていた彼の最後に私が見たあの「邪悪」さすら感じる表情は一体なんだったのでしょう...
そして彼は最後に何を伝えたくて私のもとに現れ、学校に来ていたのか?いまだに私の心の中で引っ掛かっています...

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