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現実で発生したとされる呪いの被害、黒魔術の被害 禁忌の記録

呪いや黒魔術というものは往々にして「迷信」であると考えられていますが、その実態については未だ未解明だとされるものが多いです。

しかし、この世界に呪いの被害、黒魔術の被害として報告・記録されたものが確実に存在することは確実です。私たちは、「呪術に本当に力があるのか、記録が真実か」という内容に意味を見出すのではなく、記録の存在そのものの意味を考えなくてはいけません。

今回はそのような怪談じみた呪いの被害、黒魔術の被害を古今東西から紹介いたします。

動画でも記事の内容を紹介していますので、興味のある方は是非、ご覧ください。

呪いのカラスに苦しめられた狩人

NPS / Josh Spice

これはイタリア半島の西部に位置するコルシカ島という場所で発生したと言われる呪いの記録です。

この記録によると、

ある日、山小屋の少年が山の中で一人の瀕死の男性を発見しました。この男性は名をジョバンニと言い、二日前に狩に出かけた際に谷底へ落下し、そこから発見されるまで体の自由が取れない状況にありました。

両足を挫き、身動きの取れない彼は二日もの間、カラスに身体中を啄まれ、発見されたときにはみるも無残な姿になっていたのです。

ここまで読むとジョバンニの不運な話なのですが、彼は死の間際に「ルイズに呪われた」と山小屋の少年に告げていました。このルイズという男とジョバンニの二人は仲が悪いことで有名であり、度々、殺し合いに近い暴力沙汰を起こしていたとされます。

彼の死後から2時間経過した頃に少年によってルイズは発見され、そして、被害の発生から二ヶ月後にルイズ自身の口から自分が呪いをかけたことが明らかになったのです。

この呪いは「彼が谷に落ちてカラスに襲われるまで」の一連の流れが呪術効果なのか、「カラスに襲われる事」のみが呪術効果なのかは不明ですが、カラスに襲われなければ序盤にが苦痛の末に死ぬことはなかったでしょう。

ルイズが行ったとされるカラスを操り相手を殺す呪いは、古くはメソポタミアからすでに存在したとされています。

横暴な行いが身を滅ぼした悪人の末路

これはアフリカ西海岸で発生したとされる呪いの記録です。

この記録によると、

当時、社会的に混乱の時期にあった当該の地域で生活していたある部族に対して攻撃を行う暴力的な男がいました。

この男は非常に横暴な性格に加え、屈強で豪胆な人物であったため多くの取り巻きを常に従えています。切迫した状況に苦しめられた部族は自力での抵抗を行いますが、とうとう男を倒すことは出来なかったのです。

しかし、蹂躙されることを容認することもできない部族は当時その土地で一番有力な呪術師に「呪い」の依頼を行いました。

強力な呪術師に呪われた男は三日間の呼吸困難と意識不明に陥り、非常に苦しんだといいます。さらに、意識がないにも関わらず、彼は地面を這いずり回り、自らの手で胸を掻きむしり肉体的にボロボロに変わり果てていったのです。

それから二日が経し、全身血塗れに変わり果てた男は息を引き取りました。男の体は皮膚が破れ、肉は抉れていたといいます。

呪術師によると「男の魂が安らぎを得ることは二度とない」と言われ、その副作用か男の身体は死後のなかなか腐敗が進まなかったと言われています。

巨悪の根元が滅んだことで、呪術師に依頼を行った部族は平穏な生活を取り戻すことができました。

この呪いは「閉息の呪歌」とも呼ばれ、その名の通り呪詛を込めた呪文を歌うことで発揮が可能です。しかし、この呪いの方法と呪文は現代でも伝わるものの「正しいメロディ」が不明であるため、再現は不可能とされています。

一家を悪霊で苦しめた黒いラベンダーの呪い

これはイギリスの一人の悪魔崇拝者と近隣の一家の間で発生した呪いの記録です。

この記録によると、

イギリスに住む一人の男性「アレックス」は悪魔崇拝者でした。彼は悪魔を崇拝するという宗教観を持つのみであり、悪事を働くことも、法律を犯すようなこともなかったです。

しかし、近隣のとある一家は彼の宗教観を知り、尚且つ、そのことを良く思わなかったため、アレックスの悪い噂を周囲に吹聴していました。根も葉もない噂を立てられることに辟易とした彼は「ちょっとした魔術で悪戯をしてやろう」と考えます。

彼は古来よりある「ラベンダーを持ち歩くと幽霊が見える」伝承に基づいた黒魔術を行います。

この黒魔術は黒いラベンダーを用いて相手を悪霊を消しかけるというもので、この呪いをかけられた一家は霊障の被害に苦しむことになりました。具体的な被害は夜に金縛りに会う、飼い犬が何もない空間に吠えだす、家族全員が謎の影を見るというものです。

幽霊の呪いに怯えた一家は結果的に家を引き払い、引っ越すことになったのですが、その際にアレックスを罵りながらその地を去ったと言われています。

ちょっとした仕返しのつもりが大きな被害を生んでしまった黒いラベンダーの呪いの記録は安易に黒魔術で人を呪うことの危険性を示しているのかもしれません。

商売敵に呪い殺された不運な男

これは1948年のイラクで発生したと伝わる呪いの記録です。

この記録によると、

イラクのカルバラに住むイブンという商人は非常に優れた商才を持ち、他の比肩を許さなかったと言います。しかし、出る杭は打たれるという言葉があるように、イブンは自身の才能を発揮するあまり周囲のライバルから恨まれていたのです。

そんなライバルの一人であり、イブンの商売によって破産を余儀なくされ、苦しんでいた商人の一人がカミンです。

イブンはカミンに「呪い殺してやる」という言葉を告げられた二週間後に心臓発作に襲われました。もともと心臓に不全のなかったイブンですがm一度目の心臓発作から一週間が経過した頃から再び、心臓に締め付けられるような痛みを感じるようになります。

これに不安と恐怖を感じたイブンは病院で精密検査を受けますが心臓には全く異常が見られませんでした。

検査結果とは反対的にイブンの症状は悪化の一途を辿り、最後も左胸を掻き毟るように苦しみながら逝去したと言われています。また、彼の胸の痛みが増すにつれて彼の左胸にはXのような形をした奇妙なアザが浮かび上がっていました。

そして、その後カミンは親しい友人に「呪いは勝った」と一言告げたのです。

呪いたい相手の等身大の像の心臓の部分に朱色のXの印をつけ、針を刺すことで心臓に苦しみを与え相手を殺す呪いの術が存在し、イブンが受けた呪いもこれと同種のものであると考えられています。

妻の怨霊が映る心霊写真に呪い殺された住職

最後に紹介するのが、1879年の日本は横浜で発生した呪いの記録です。

この記録によると、

1978年の横浜在住の写真家である三田弥一という人物は保土ヶ谷にある天徳院という寺院の住職である小山天領という人物を撮影します。

この写真を現像した際に、撮影された住職の顔に覆い被さるように女性と思しき不気味な影が映り込んでしまいました。そして、この写真を見た住職は苦しみながら死んでしまったと伝えられています。

この記録には裏がありました。

この天徳院の天領住職の妻は質屋から嫁いできた女性だったのでした。しかし、妻と天領住職の夫婦仲は悪かったのです。

後に、この妻は病弱になり床に伏すようになったのですが、天領住職はもともと夫婦仲が悪かった妻の看病に嫌気が差してしまいます。その結果、水すら満足に与えられなかった妻は衰弱してしまい、今際の際に「覚えていろ、今に取り憑いてやる」と夫である住職に残して息を引き取りました。

この背景を考えれば、住職が実際に妻の怨霊に取り憑かれており、心霊写真を見たときに恐怖のあまり死んでしまったことも納得できます。

この記録はここまで紹介した「呪術」とは大きく異なり、「死して尚、消えることのない怨念による呪い」という特徴があります。日本にも「怨敵調伏の呪術」や「有名な呪いの怪談」は多く存在しますが、この話は実際に写真があり、比較的近代に実際に寺の住職が死んでいるという点において非常に興味深いです。

明治12年という時代の心霊写真は科学的に様々な説明をつけることができ、単純な二重写しの可能性が高いと考えられています。

また、この話は日本最古の心霊写真にまつわる話として有名です。

禁忌の記録から学ぶ 「人間の怖さ」

ここまで紹介してきた呪いの被害、黒魔術の被害の記録からは見えない力への形容し難い恐怖を感じますが、それ以上に「人間の怖さ」というものを色濃く感じます。

なぜなら、上記の記録に見られる呪いの原因となった感情は私たちの生活の中での散見できる「気持ち」だからなのです。

仲が悪い相手を疎ましく思う、外部からの脅威を恐る、誰かへの仕返しの感情、少しの悪意ある行動、誰かの才能を恨めしく感じる、そりの合わない人間に嫌気が差す、誰かを見捨ててしまう、このような感情を誰かに感じ・感じられるなんてことは日常茶飯事です。

科学の発展した現代では呪いや黒魔術が「迷信」とされ、人々は自分と相手の感情の機微に鈍くなっているかもしれません。

過去の遺物とされることも少なくはない呪術も過去の記録を見れば、様々な記録・法方が残っています。

もし、それを少しでも信じる人がいたら、実行しようと考える人がいたら、感情の機微に鈍くなり、科学信仰を行う現代人は呪いに気づくことが果たしてできるのか?

このように過去の記録から現代の暮らしへと思いを馳せると、「誰しもが日常的に呪われているのかもしれない」という結論が見えてきます。私たちは火や刃物への恐怖を持っているが故に、安易にそれらの物を人に向けることはありませんが、その前提には「恐怖」という感情の機微への認識が存在します。

温故知新ではありませんが、私たちは事の真偽に拘らず、人間の狂気が発する力への恐怖を再認識しなければいけません。

恐怖する人間よりも、恐怖を忘れた人間が一番危険なのですから。

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