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日本にも存在する「魔王」とは?魔を統べる王を紹介 

魔王という言葉を聞いたときに皆様が想像する存在とはどの様なものでしょうか?

漫画やアニメ・ゲームに登場する魔の王、シューベルトの楽曲の魔王、もしくは悪魔の王サタン、人によって様々ですが、それら全てが「魔王」と言えるでしょう。

その中でも日本発祥の魔王で最も有名なものは「RPGゲームのボスの魔王」かもしれませんが、それらの下敷きにあるのは西洋のファンタジーです。しかし、日本純正とも言える魔王は存在しています。

今回はそれらの日本の魔王について紹介していきます。

動画でも記事の内容を紹介していますので、興味のある方は是非、ご覧ください。

疑問「魔王」とはどんな存在?

実際「魔王」という存在は言葉自体が魅力的で「パワーワード」なので、自ずと意味が付加され曖昧になってしまいます、

ですので、まずはその基準を明確にしておきたいと思います。

とはいえ、実際「魔王」という存在の定義は曖昧なことは事実ですので、一度、様々な辞書辞典から定義を確かめてみましょう。(シューベルトの楽曲『魔王』は除く)

①仏教世界において悟りを開く、功徳を積むことを妨げる天魔の王(欲界の第六天の王)

②人類に厄災を与える、甘言で悪の道に陥れる魔物の王(悪魔には爵位があり『王』を関する者もいる)

③死後の世界である「地獄」を支配する、王たる存在

複数の単語辞典を参照した結果、これらが主に魔王に基準に相当すると言っても違いないでしょう。

西洋における魔王は「ダーク ロード」の異名を持ち、また、日本語における魔王とは概念が異なりますが、今回は議題的に除外します。

補足情報:仏教世界における魔王の成立

後述で日本の魔王として「第六天魔王」について解説を行うのですが、これは厳密にはインド発祥ともいえます。

ですので、ここではインドの初期仏教⇨中国⇨日本への第六天魔王のロードマップを確認いたしましょう。

初期仏教の成立の神話において、仏教開祖のブッダが悟りを開くための瞑想を妨害した怪物マーラがいました。(簡単な理由:悟りが開かれると煩悩を司る怪物の力が弱まる)

この仏教が中国に伝来した際、中国での仏教の布教のため翻訳が行われます。「マーラ」が中国語において「魔」となり、仏教世界の天界の一つである欲界の第六天の王とみなされ、これらを総合して「第六天魔王」の異名を得ることになるのです。

しかし、マーラを示す際に「第六天魔王」を略して「魔王」という言葉が誕生し、それがそのまま日本に伝わり、日本での「魔王」が誕生します。(あくまで、一説ですのでご注意を)

実録「日本の魔王」4選 人外の魔王限定選出

ここからは「日本純正の魔王」を紹介していきますが、「日本出身」ということ「魔王と呼ばれた人物は除外する」ということを条件にします。

閻魔大王や第六天魔王波旬は厳密には「インド出身」なので除外します。

原初の黄泉国の女主人「イザナミ」

日本神話における国つくりの夫婦神であるイザナミとイザナギの片翼ともいえる「イザナミ」は日本における原初の魔王であるといえます。

イザナミ神は創造神として認識れる一方で黄泉国の女主人としても有名です。つまり、イザナミは日本における死後の国の支配者であり、上記で定義した③『死後の世界である「地獄」を支配する、王たる存在』に該当します。

しかし、イザナミが魔王とされる理由はそれだけではありません。

日本神話においてイザナミとイザナギは国を創り出した後に多くの神々も生み出すのですが、火炎の神であるカグツチを産み出す際に母であるイザナミは火傷を負ってしまい、その火傷が原因となり死んでしまうのです。そして、死後のイザナミは例外なく死者の国である黄泉国へと向かいました。

夫であるイザナギ神は妻であるイザナミに逢うために黄泉国へと向かうことは自然な流れです。この黄泉国は黄泉比良坂と呼ばれる坂を歩いて行くことで辿り着けるとされる洞窟の先にあると言われています。黄泉国へ辿り着いたイザナギはイザナミに会うことができるのですが、この際に「決して私(イザナミ)の姿を見てはいけない」という約束をイザナミに言い渡されます。

その約束には、黄泉国の住人は身体が腐敗し、生前が如何に美しかった者でも醜い姿となってしまうという理由がありました。しかし、この理由を知らなかったイザナギは約束を破り、イザナミの姿を見てしまったのです。

約束を破り、自身の醜い姿を見られたことに恥をかいたと憤慨したイザナミに対してイザナギは恐怖を感じて逃げ出します。このイザナギを追撃するためにイザナミは黄泉醜女という黄泉の鬼女を放つのですが、これを退けるためにイザナギは黄泉国と地上の間を大岩で塞ぎます。

二つの世界を大岩で隔てたということは二人が二度と会えないことを意味します。一連の出来事にさらに怒髪、天を衝く勢いで怒ったイザナミは「1日に1000人の人間を呪い殺す」ということを宣言しました。

このように、黄泉国の主宰神であるイザナミは人に害を与える存在としての『魔王像』を持つともいえます。

北海道はアイヌ出身の魔王「パヨカカムイ」

「パヨカカムイ」という日本純正としては胡乱な響きを持つ魔王は厳密には現在の北海道、アイヌの伝承にある疫病神です。

パヨカカムイは疱瘡(天然痘)という非常に感染力、致死率の高い病気を含む様々な感染病を振りまく神とされています。現在では国際的に根絶された天然痘ですが、当時のアイヌの民族にとっては恐るべき不治の病です。治療もできず、人から人へと感染し、村々を壊滅させる病の権化であるパヨカカムイは当時における『魔王』であると定義しても過分な評価ではないでしょう。

このパヨカカイムは「歩く神」という異名も持ち、その名の通りアイヌの各地を放浪します。この際にパヨカカイムは手に持った弓を放つのですが、放たれた弓の風切音を聞くだけでも人間は疱瘡に感染してしまうのです。然るに、パヨカカムイが通り過ぎただけでも村落は壊滅します、

また、権威あるアイヌ文化研究家の取集した伝承の中にはパヨカカムイが姿を表したという話もあります。その伝承の概要としては「アラレ模様の着物を身に纏った彼(パヨカカムイ)はとある村に伝染病を広めに赴きますが、その道の途中で出会った目的の村の男があまりに饒舌にユカラ(アイヌの言葉で物語の意)を語ることに感心しました。そして、彼の神は伝染病を広めることを辞め、その村の守神となった」というものです。

これらの感染病の権化であるパヨカカイムへの畏怖を込めた伝承は「伝染病への恐怖」を伝えるため手段でもあり、「伝承(ユカラ)が感染病を退けた」という伝承の重要性と力を示す目的もあります。

大江山の鬼の頭領「酒呑童子」

平安時代の都を恐怖に陥れた鬼の首領が「酒呑童子」です。

鬼という存在は現代においては妖怪の一種と考えられていますが、当時の京都では「邪で恐ろしい存在」の代名詞として鬼とい言葉が用いられていました。つまり、鬼を西洋風に言い換えるならば「悪魔」になり、その首領である酒呑童子は魔王と呼べます。

酒呑童子は呼んで字の如く、酒を飲むことを好んだ屈強な鬼であり、数多の鬼を従えていました。その力は強力無比とされ、山から降りて京の都で殺戮と蹂躙、そして美女の誘拐を行なっていたとされます。

しかし、この酒呑童子は既に平安の武士である源頼光(みなもとのらいこう)と数人の部下によって討伐されたと言われています。

その際にあまりに強大な力を持つ酒呑童子に正攻法では勝てないと考えた頼光は神々から賜った「神便鬼毒酒」を用いた奇策に出ました。頼光を含む武士たちは山伏に変装することで鬼の住処に客人として迎えられ、神便鬼毒酒を酒呑童子に振舞います。

大好物の酒が鬼にとっては猛毒になるとも知らず、その酒を飲んでしまい体の動きが鈍った酒呑童子は恨み言を口にしながら頼光に首を切られて討伐されたのです。

史上最強の鬼 鈴鹿山の鬼神魔王「大嶽丸」

最後に紹介する魔王が日本史上最強の鬼ともいえる「大嶽丸」です。

日本の民間伝承の中に鬼が登場することは多く、それらの鬼の全てが人間を超える力を持っています。その中でも「大嶽丸」は別格の力を持つ鬼として非常に有名です。大嶽丸の強みは「従来の鬼の屈強な体躯」に加えて持つ「強力無比の神通力」、「三振りの神剣」にあります。

大嶽丸の神通力は天候を自在に操る、数千体に分裂する、自在に空を飛ぶ、身体から極熱の炎を生じるなど非常に多彩かつ強力です。さらに、大嶽丸が阿修羅から授かった大通連・小通連、顕明連の神剣は空中を自在に飛び回り、持ち主に物神の加護を与えます。つまり、大嶽丸は身体・能力・武器というあらゆる方面において最強と呼べる力を誇っています。

これを討伐した武将は彼の有名な征夷大将軍「坂上田村麻呂」とその妻である天女「鈴鹿御前」です。

しかし、大将軍と天女の力を以ってしても大嶽丸の攻略を正攻法で行うのは不可能です。そこで、兼ねてより鈴鹿御前に好意を寄せていた大嶽丸に対して、二人は色仕掛けを行いました。鈴鹿御前は故意に大嶽丸に誘拐され、大通連と小通連の二振りの神剣を盗むことに成功します。

神剣と神仏の加護を失い弱体化した大嶽丸に戦いを挑む坂上田村麻呂は千手観音と毘沙門天の加護を手に入れることでやっと勝利を修めました。

このように、個の力として最強の称号を持つ大嶽丸は日本の魔王の筆頭であると言っても過言ではありません。

補足情報:鈴鹿御前は魔王の娘?

鈴鹿御前は天竺から日本を魔の国とするために舞い降りた第六天魔王の娘であるとされるされることもあります。

大陸の魔王である鈴鹿御前もまた非常に強力な神通力を持ちますが、これを討伐するために訪れた坂上田村麻呂と戦いの最中、彼に好意を持ったのです。
鈴鹿御前は自身との婚姻を行えば日本への侵攻を諦めるという条件で田村麻呂と夫婦になります。

また、この伝説で鈴鹿御前は大嶽丸に対して当初「日本を魔境とするための仲間」として求婚をしていましたが、その志半ばで田村麻呂と夫婦になったため求婚の話はなくなりました。

彼女の求婚を受け取らなかった大嶽丸ですが、田村麻呂に鞍替えされたことで逆にプライドが傷つけられ、自身の破滅の原因になるとも知らずに鈴鹿御前に執着するようになったのです。

「魔王」という魅惑の響き なぜ日本人は魔王に惹かれるのか

ここまではあくまで「日本純正」に拘って二柱の神と二体の鬼の魔王を紹介してまいりました。

しかし、この魔王文化というものは世界中で人気ですが、個人的な主観では日本では特に人気のコンテンツであるともいえます。対して、今回の解説を行う際に様々な文献を参考にしたのですが、実際「日本純正」の魔王は非常に少なかったです。

その理由として日本の階級世界に原因があるのではないかと考えます。

西洋国の貴族では「王」や「帝王」という概念が一般的であることに対して、日本では「将軍」や「天皇」という概念が一般的であり、歴史上に「王」という概念はあまり見受けられません。(西洋における魔王はダーク ロード=闇の君主です。これも一般化したのは20世紀ごろといわれます。)

また、日本では悪魔文化が西洋に比べて少なく如来、菩薩、明王、天を含めた仏、さらに、神への信仰が標準化されています。日本における「悪魔的存在=悪鬼羅刹、魑魅魍魎、百鬼夜行、死屍累々、妖怪変化、怨霊怪異」つまり、「魔」の存在は薄く、「魔」への信仰も薄いと憶測できます。(日本の鬼の頭領の多くは悪魔の王と違い退治されているのも一因です。)

日本では「魔王」とは存在の呼称ではなく、人物への曖昧な畏怖を込めた異名に近い用法が多いです。

故に、意味づけがしやすく語幹からの推測も容易である「魔王」という言葉は非常に『使いやすい便利な俗称・造語』なのです。
意義が曖昧かつ、「悪魔」への畏怖の念も少ない、だからこそ「魔王」の存在が人気を博しているのではないかと考えます。

今後は世界の魔王に目を向けて紹介する記事も投稿いたしますので、是非ご一読ください。

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