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心霊スポット

【北海道厳選心霊スポット】北海道最恐心霊スポットにある廃病院『雄別炭鉱病院跡』(北海道釧路市)

今回ご紹介するのは、以前にも当サイトでもご紹介をしました『雄別炭鉱』付近にある、全国でも屈指の廃病院【雄別炭鉱病院跡】です。

以前に「雄別炭鉱」をご紹介した際にもお話しましたが、この雄別炭鉱跡周辺には、炭鉱が閉山した後に放置された施設が多く存在し、廃墟と化した建物が多く存在している、ゴーストタウンとなっています。
「廃病院」・「炭鉱跡」・「炭鉱煙突」と言った多くの有名心霊スポットが点在し、炭鉱で発生した事故による多くの死者の怨念がいまだ漂ていると言われている、北海道最恐心霊スポットの一つとなっています。

アクセスとしては、公共交通機関などは一切ない場所となっていますので、基本的に車・バイクになります。
近隣の公共交通機関から、徒歩で向かうのは難しく、残念ながら交通手段が無い場合は訪れること自体難しい心霊スポットとなっています。
~ページ下部に地図記載~

〇遭遇する心霊現象

この心霊スポット、【雄別炭鉱病院跡】で起こると言われている心霊現象は、

・同じ所をグルグルと回らされてしまう
・あるはずの霊安室が見つからず辿り着けない
・圏外の携帯が鳴り「返せ」と言われる
・日中でも見えない程暗く見えない黒い壁にぶつかる
・カメラのフラッシュが作動しなくなる
・カメラなど電子機器の異常

これらが「雄別炭鉱病院跡」で報告されている、特有の心霊現象となっています。

また、この他にも心霊写真や、炭鉱労働者の霊との遭遇・目撃などの様な一般的な心霊スポットでも発生する、これらの心霊現象も、もちろん多く報告されています。
雄別炭鉱同様、この雄別炭鉱病院跡も、この様に多くの心霊現象が報告されている、北海道屈指の最恐心霊スポットとなっています。

〇心霊現象が起こる場所・時刻・注意点

この「雄別炭鉱病院跡」にて、心霊現象が起こるとされている場所は、雄別炭鉱病院跡の建物内部はもちろんですが、雄別炭鉱病院跡は、雄別炭鉱跡地周辺に含まれる心霊スポットとなるので、周辺には「雄別炭鉱跡・煙突跡」などと言った跡地も存在しており、辺り一帯心霊スポットとなっている為、雄別炭鉱病院跡周辺は心霊現象が起きるとされています。
なので、雄別炭鉱病院跡の廃墟周辺でも、多くの心霊現象が確認されています。

時刻としては。当たり前ですが、夜の方が報告が多いですが、特に夜で無ければならないと言う事では無く、日中の心霊体験も後を絶ちません。
日中でも、心霊現象の遭遇確率は高い様なので、危険を伴って夜に徘徊するよりも、日中に行くのもいいかもしれません。

注意点としては、雄別炭鉱病院跡の建物自体も古く、管理されていない為、老朽化が激しく建物自体が倒壊する恐れもあります。
外壁・内壁など壁の倒壊や、床抜け・天井の崩落と言った建物自体の倒壊の報告も多いので、この点は非常に注意して貰いたいと思います。

電波が無く辺り一帯圏外である事や、ヒグマとの遭遇・国有林であるため許可なく立ち入る事が禁止されている、などの注意点も多い場所なので、物理的危険も多く非常に注意して貰いたいと思います。
クマよけは必須!!辺り一帯圏外となるので、何か起きても連絡が取れないので、準備はしっかりとするようにしましょう。

〇心霊スポット概要

基本概要は、『雄別炭鉱』と同じです。
≪以下引用≫

今回紹介している、雄別炭鉱というのは、1919年から1970年にかけ、北海道の釧路市で実際に稼働していた炭鉱の跡地です。

炭鉱自体が稼働していた当時は、日本国内でもトップクラスの石炭産出地として、周辺は非常に栄えていました。
炭坑の採掘により人員が必要となり、人が炭鉱周辺に移り住んできた事から炭鉱周辺が急激に栄え、周辺で多くの人が生活をし始めたことで、美容院や学校・商業施設・住宅地・鉄道など、辺り一帯が開拓されていき非常に栄えていました。
最盛期では、雄別炭鉱一帯の人口も1万人を超え、非常に賑わっていたとされています。

そんな日本国内でもトップクラスの採掘量を誇り、ここまで栄えた雄別炭鉱が閉山になる原因は、時代の流れにより石炭の需要低下とともに経営が悪化し、そんな最中1969年(昭和44年)に発生した大規模ガス爆発事故によって「死者19名・負傷者24名」を出したことが重なり、急激に経営悪化に拍車が掛かり、炭鉱自体が倒産してしまい、閉山となりました。
もともと、炭鉱の採掘作業のために人が集まってきた場所だったが為に、炭鉱が閉山してしまうと、人々は退去することを余儀なくされ、雄別炭鉱一帯に住んでいた人々は、散り散りに移り住んで行き、炭鉱の倒産と共に閉鎖となってしまったため、設備はそのまま放置されてしまい、一切管理がされていない状態であったため、現在はゴーストタウンと化してしまいました。

炭鉱という性質上、この雄別炭鉱に限った話ではなく、炭鉱と言うのは死亡事故や負傷事故というのは非常に多く、記録に残っている限りでも、1933年(昭和8年)のガス爆発事故によって死者5名・怪我人多数を生んでしまい、その2年後、1935年(昭和10年)ガス爆発事故がまたも発生してしまい、95名の死亡者が出てしまいます。
ここから20年ほどは大きな事故はなく、1955年(昭和30年)まで稼働していた雄別炭鉱ですが、ここでまたも大きな死亡事故が発生してしまいます。
原因はガス爆発による事故で、死傷者77名の内、死亡者が60名と1935年のガス爆発事故に次ぐ、雄別炭鉱で起きた死亡事故としては、2番目に多い死傷者を出した事故となっています。
その後また10年ほど大きな事故はなかったのですが、1967年(昭和42年)には、雄別炭鉱内で落盤事故が発生してしまい、死亡者6名を出します。
翌年の1968年(昭和43年)には、崩落事故により4名の方が亡くなっており、さらにその翌年、1969年(昭和44年)に閉山の理由の一端にもなっていると言われているガス爆発事故により、死亡者19名・負傷者24名を出す事故が発生してしまいました。

このように、記録に残っている、多数の死傷者を生んだ事故を見ただけでも、非常に多くの方が亡くなっており、またこれも記録に残っている限りの話でしか無く、炭鉱という場所は、日々人が倒れたり亡くなったりしている様な、過酷な労働環境だったと言います。
これ以外にも多くの方が、この雄別炭鉱で命を落としてしまったことでしょう。
ここで命を落としてしまった方の無念や苦しみが、この土地一帯に染み付いているのではないかというのが、雄別炭鉱がこの広い北海道の中でも、3本の指に入る最恐心霊スポットと言われる所以なのでしょう。

引用元;【北海道厳選心霊スポット】日本最北のゴーストタウン『雄別炭鉱』(北海道釧路市)

今回ご紹介している雄別炭鉱病院跡は、雄別炭鉱がまだ稼働して時代に、周辺一帯が活性化し栄えた結果、住民が増えニーズに合わせて出来た病院で、炭鉱内の事故などによって負傷した人間も多く運び込まれていたと言います。
ここで、その命の最後を迎えた者も多く、多くの方が無くなった病院が、雄別炭鉱の閉山と共に放置され、廃墟と化したのが、雄別炭鉱病院跡です。
そんな、この廃病院には、多くの怨念がいまだ漂っており、これが雄別炭鉱跡周辺一帯の中でも、トップクラスに危険な心霊スポットと言われる所以なのでしょう。
≪〒085-0000 北海道釧路市阿寒町雄別≫

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